*科学技術振興事業団
**信州大学農学部森林科学科
***東京都立大学理学部地理学教室
Abstract
The debris flow disaster by the heavy
rainfall of Bai-u front occurred in July 10th, 1997, on the Hrahara
river, Izumi city, Kagoshima prefecture. We examined about the
characteristic of this heavy rainfall by AMeDAS data(1979-1997).
There was not especially much precipitation in 1997 near the Harihara
river compared with the 19 years average. Also, there was not
especially much, too, antecedent precipitation. The total precipitation
of this rainfall event(Jul.,6 to 9) which brought about a debris
flow was 518 mm in Minamata, 401 mm in Izumi. These records were
the record of in the higher rank in 19 years, but these were not
a maximum. However, as for the daily amount of precipitation on
July 9th in the debris flow occurrence previous day, both Minamata
and Izumi were a maximum. This heavy rainfall was not the type
of which especially strong rain concentrates on short time and
was the type of which rather strong rain crosses to several hours
of 10 and it continues.
Key word: debris
flow disaster, Harihara river, daily amount of precipitation,
heavy rainfall
1.はじめに
1997年7月10日未明、鹿児島県出水市の針原川で土石流が発生し、下流域の針原地区の住民21名が犠牲となる災害が引き起こされた。今回の土石流発生の原因に関しては、今後各方面からの検討が行われる必要があるが、発生前に見られた豪雨はその有力な要因の一つと思われ、その特徴を検討しておく必要がある。
降水量を中心とする水文資料の電子情報としての蓄積が行われるようになって既にかなりの時日が経ち、一般にもっとも入手しやすい気象庁のAMeDAS観測所データも20年前後の観測値を得る事ができるようになっており、個々の豪雨の統計的特徴を、気象台等のある地点に関してだけではなく、AMeDAS観測所(全国に約1300個所)のある多くの地点に関して、比較的容易に明らかにすることができるようになりつつある。この結果、土石流発生に結びつく豪雨の特徴に関し、従来から為されている多くの検討(瀬尾他:1985、岩元他:1990など)を参考にした、個々の事例に関しての検討も迅速かつ容易に行えるようになっている。今後各災害事例毎に検討を蓄積していく必要があろう。本報告では、今回の針原川土石流発生地点付近の観測所に関し、最も入手・解析しやすい日降水量資料を元に、その特徴を解析する。
2.利用資料
利用資料は、南九州一帯にある気象庁のAMeDAS観測所資料である。過去の記録に関しては主として日降水量資料を用いた。今回の豪雨時の記録に関しては、時間降水量資料も用いた他、土石流発生地点近傍(南西約2km)にある、出水浄化センターの降水量資料(自記記録紙)も用いた。解析期間は、資料の整備されている1979〜1997年の19年間である。解析した季節は、今回の豪雨が梅雨前線の活動によるものであることから、暖候期(4〜11月)の記録を対象とした。
3.結果および考察
3.1 針原川の位置概況
土石流の発生した針原川は、出水市街の北方約5.5km付近に位置する流路長約3.5kmほどの河川である(図− 1)。行政域としては鹿児島県出水市に属するが、位置的には鹿児島県出水市と熊本県水俣市のそれぞれの中心街のほぼ中間付近に位置する。流域は、矢筈岳(687m)を中心とする、標高500m前後の山塊の北西側斜面に開口した谷であり、針原川本流は北西〜南東方向に流れ、八代海に至っている。
針原川に至近のAMeDAS観測所としては、水俣と出水があり、観測所の位置は、それぞれ水俣市、出水市の中心街付近にある。平均的には水俣の方が降水量が多く、例えば1979〜1990年の年平均降水量は出水が1773mm、水俣が2109mmであり、7月の月平均降水量は、出水が336mm、水俣が441mmとなっている(気象庁、1993)。針原川流域は、両観測所の中間付近にあることから、流域の降水量は、平均的には出水の観測値より多めになっているものと思われる。また、針原川流域とその周辺の斜面は、全体としては北西方向に傾斜しているため、北西方向から雨雲が移動する際には、上昇気流が生じやすくなり、出水市街地付近より多めの降水量を記録しやすいものと考えられる。
3.2 1997年4月〜7月の降水状況
針原川周辺の4観測所の19年間の観測値を元に、4月1日を0として各日の積算降水量を算出し、これを各日について19年間分平均した値を平均積算降水量(以下、平均値)とし、1997年の積算降水量と比較すると図− 2のようになる。水俣、阿久根、紫尾山の3観測所については概ね平均値に近い値で推移している。出水は全般に平均値より100mmほど多めで推移しているが、おおむね各日の平均値+標準偏差前後の値であり、土石流発生の約1ヶ月前に当たる6月中旬以降は平均値+標準偏差の範囲内で、より平均値に近い値で推移している。今回の豪雨前には、6月27〜28日に100mm弱ほどのややまとまった降水が観測されているが、その後1週間ほどは、ほとんど降水のない状態が続いていた。このように、本年暖候期は、出水周辺においては特に降水量の多い状況であったとは言えない。
3.3 土石流発生前後の降水状況
7月7日から11日までの、AMeDAS出水、AMeDAS水俣、出水浄化センター(図中では出水浄化)の降水状況を図− 3に示す。今回の豪雨は、7月6日の深夜から始まった。7〜8日は断続的に1時間10〜30mm程度の降水量が記録される程度であったが、9日午前9時頃からは、1時間10mmを越える豪雨が継続しはじめ、10時30分から11時30分にかけての1時間に約60mmの降水量が記録されている。この豪雨は12時30分頃にいったん止むが、14時頃から再び降り始め、以後22時頃までの約8時間に渡って1時間10mm以上の豪雨が継続し、特に16時から17時にかけての1時間には64mmの降水量が記録されている。この豪雨は22時30分頃にいったん上がり、その約2時間半後の10日午前1時頃に土石流が発生している。7月6日から7月9日までの総降水量は、出水で401mm、水俣518mm、出水浄化センター528mmとなり、3.1において推定したように、土石流発生現場付近の降水量は、出水市街地より多く、その差は100mm以上に上ったものと考えられる。7月7日から7月11日までの全時間を通じて、積算降水量は出水浄化センターの方が出水より多いが、その差は7月9日18時頃から10日18時頃にかけてもっとも大きくなっており、7月9日18時頃から深夜にかけて、土石流発生現場付近で、出水市街など周辺部に比べ、特に集中的な豪雨があったものと考えられる。なお、出水浄化センターは気象庁等の水文観測を専門とする機関の観測所ではないが、1997年8月18日に筆者が確認したところでは、雨量計は同センター構内駐車場脇の開けた砂地上に置かれており、周囲には特に障害物もなく観測条件は良好であり、雨量計の設置方法の影響によって観測値が特に増加したとは考えられない。
7月6日から、土石流発生直前の7月9日24時までの総降水量分布は図− 4のようになる。1979〜1990年の平均値(気象庁、1993)をもとにした7月の平均降水量分布(図− 5)と比べると、(1)南→北に向かって降水量が多くなること、(2)熊本・宮崎県境の山塊の西側で特に降水量が多くなっていること、の2点については類似した傾向が認められる。一方、月平均降水量分布に対する今回の豪雨の特徴としては、矢筈岳を中心とする山塊の北側斜面に当たる水俣付近で特に降水量が多いことが挙げられる。
図−5 7月の月平均降水量分布.1979〜1990年の平均値
Fig-5 Distribution of monthly mean amount of precipitation in July, 1979 - 1990
3.4 既往豪雨に対する今回の豪雨の特徴
7月6日〜9日の豪雨について、いくつかの指標を用いて、過去19年間の記録に対する統計的特徴を検討した。用いた指標は、最大日降水量、最大1時間降水量、一連降水量、前期降水量である。一連降水量は、一般的に用いられている手法(石川:1990、瀬尾他:1985など)を参考にしたが、利用した資料が日降水量であるので、1日以上の無降水日で区切られた降水イベントを一連の降水とみなし、この間の降水開始から各日までの積算降水量を、当該日の一連降水量とした。また、前期降水量も同様な考え方で、日降水量を元に、一連の降水の2日前から14日前までの積算降水量を、その一連の降水の前期降水量とした。
針原川周辺の4観測所について、各指標の値と、各値の19年間中の順位を表− 1に示す。これに見るように、今回の豪雨は、前期降水量に関しては特筆されるような規模にはなっていない。また、一連降水量も多めではあるが、記録的なものと言える程度ではなかった。しかし、日降水量(9日)に関しては、水俣、出水で19年間の最高を記録しており、最大1時間降水量も出水で19年間中の3位を記録するなど、比較的大き目であった。
( )内は19年間の記録中の順位。(**)は順位が51位以下であることを示す。
表− 1に示すように、水俣における一連降水量514mmという記録は過去19年間で14位であるが、一連の降雨イベントとしてみれば、一連降水量が同程度の500mmに達したのは、事例@1979年6月25日〜30日、事例A1993年6月27日〜7月7日、事例B1993年7月26日〜8月2日、事例C1995年6月29日〜7月4日の4回である(以下本文中ではこの丸番号で事例を呼ぶ)。この4回の事例と、今回の豪雨事例について、一連降水の推移を図− 6に示す。500mmへの到達時間に注目すると、今回の事例は93時間で、事例@の91時間と同程度であり、他の事例よりは早かった。ただし、事例@では降り始めからほぼまんべんなく雨が降り続くパターンであったのに対して、今回の事例では集中的に降っているのが特徴的である。今回の事例では、500mmに達する直前12時間で一連降水量の55%が降っており、これは他の事例と比べ、高い集中性があるものといえる。日降水量を元に、事例@〜Cの際の出水・水俣周辺の降水量分布図を作成すると、図− 8のようになる。分布型としては、事例@、事例Cが今回の事例に近いが、出水・水俣付近に豪雨域の中心が存在するパターンではない。事例A、事例Bの場合もこの点は同様で、出水・水俣付近に豪雨域の中心が存在したのが今回の豪雨イベントの特徴と言える。なお、各事例とも、鹿児島・宮崎の県境付近に集中的な豪雨域が現れているが、これは、えびの観測所(標高1150m)が、周囲の観測所に対してきわめて高い標高帯に設置されているため、恒常的に多めの降水量を記録してしまっている影響である。地形的な観測条件が異なるので、同観測所の観測値を他の観測所と同列に扱うのは適切ではないかもしれないが、本研究では参考のためプロットしてある。
図− 7 既往豪雨イベント時の降水量分布
Fig-7 Distribution of amount of precipitation to past heavy rainfall events.
最後に、水俣について、一連降水量と日降水量・日最大1時間降水量の関係を見ると、図− 8のようになる。この図においては、右上にプロットされるほど土石流発生の危険性が高くなると考えてよい。今回の豪雨は、危険性が突出して高いわけではないが、19年間の中ではかなり危険度の高い状況にあったと見ることができる。出水についてもほぼ同様な傾向がみられる。
4.おわりに
今回の土石流発生前の豪雨は、日降水量や1時間降水量は記録的なものであったが、前期降水量や前数ヶ月間の降水量が少なく、また一連降水量も記録的なものではなかったことから、単一の指標では事前の危険性の判断が比較的難しい事例であったと言える。また、豪雨域の中心が県境付近であり、土石流発生現場付近で特に局所的な降水量の変化があったことなどから、県単位での視点では注意が向けにくかった面も否定できない。
しかし、今回の解析で試みたように、一連降水量と日降水量、最大1時間降水量の相関図を作成してみれば、今回の豪雨は既往の事例に比べるとかなり危険と思われる位置にプロットされ、このような角度で見れば危険性を予知する可能性もあったかと思われる。また、既往の豪雨事例時の降水量の推移のグラフと、今回の豪雨イベントのグラフを重ねあわせてみれば、今回の豪雨が既往の豪雨事例の中でももっとも短時間のうちに大きな降水量を記録しつつある事例であることは、遅くとも災害発生の数時間前には把握できた可能性が高い。今回は、最近19年間の主として日降水量データという比較的限られたデータから、ごく単純な解析をしたまでであるが、この程度の資料であっても、災害発生の危険性を見出すことができる可能性がある程度あったことは注目してもよいかと思われる。
最初に述べたように、近年は電子情報化された水文資料が比較的容易に入手可能になっており、多少の知見とデータ処理能力(パソコン程度)があれば、容易に既往資料の解析が可能である。最近、AMeDAS等による降水量分布を始めとした気象情報は、かなり詳しく一般家庭にも届けられるようになっている。しかし、各地域において、現在の豪雨が、既往の記録に対してどのレベルの豪雨であるのかといった、過去に蓄積された情報と対比するような情報提供は十分為されているとは言えない。情報量をあまり多くしたり煩雑にしたりすることは必ずしも有効であるとは言い切れないので、この種の情報は広く一般に伝達する必要性はないかもしれないが、行政機関等では把握していることが有効であろう。今後各地域において、既往の豪雨事例に関する情報整備が進められることが求められるとともに、既往の豪雨事例と、現在の降雨を容易に対比できるようなシステムが整備されることが望まれる。
今後、筆者自身で事例地を設けて、AMeDASデータ等を中心として既往豪雨に関する電子化されたデータベースの整備を行うとともに、このようなデータベースを降雨の現況と容易に対比できるようなシステムを、パソコンをベースとした安価でかつ汎用的な操作性を持った形で開発することを試みたい。
石川芳治(1990):降雨量を用いた土石流の警戒・避難基準、新砂防、Vol.43、No.2、pp40-47
岩元賢・原田民司郎・平野宗夫(1990): 土砂災害に対する警戒・避難基準雨量の設定について、新砂防、Vol.43、No.3、pp3-8
気象庁(1993):地域気象観測(アメダス)準平年値表、気象庁観測技術資料、No.58
瀬尾克美・五代均・原義文他(1985):土石流警戒・避難基準としての降雨指標について、新砂防、Vol.38、No.2、pp16-21