2000年9月東海豪雨災害の概要
※DPRI(京都大学防災研究所) News Letter2000年11月号原稿を加除
静岡大学防災総合センター 教授 牛山 素行
1.はじめに
2000年9月11〜12日にかけて,名古屋市を中心とした東海地方が,台風14号の影響により活発化した停滞前線(秋雨前線)による集中的な豪雨に見舞われ,2日間の積算降水量は多いところで600mm前後に上った.この豪雨により,名古屋市周辺で多数の浸水被害が生じたほか,中部地方太平洋側の広い範囲で浸水,河道護岸の損壊,崖崩れ,土石流などによる災害が発生した.この災害により,愛知県名古屋市,師勝町,豊明市,西枇杷島町,豊山町,新川町,半田市,刈谷市,大府市,岩倉市,美浜町,西春町,清洲町,甚目寺町,大治町,東浦町,岐阜県上矢作町の17市町に災害救助法が適用された.
ここでは,10月上旬までに筆者が収集した資料を元に,この豪雨による災害の概要と,京都大学防災研究所など研究機関の取り組みについて報告する.
図-1 災害救助法適用市町(図中■印の自治体)
2.被害の状況と特徴
今回の豪雨災害でもっとも着目されたのは,名古屋市周辺における浸水災害である.名古屋市内の庄内川水系新川では,長さ100mにわたる破堤があったほか,愛知県内で少なくとも10ヶ所で破堤し,各地で多数の越流があった.この結果,庄内川流域(名古屋市西区,西春日井郡西枇杷島町・新川町など),天白川流域(名古屋市天白区など),境川・逢妻川流域(大府市・知立市・刈谷市・知多郡東浦町など)など,名古屋市周辺で多数の浸水被害が生じた(写真-1,2,3).
写真-1 名古屋市西区中小田井2丁目,丸中橋付近の浸水状況.2000/09/13.
写真-2 名古屋市西区あし原町.新川左岸破堤箇所の復旧作業状況.2000/09/13.
写真-3 名古屋市西区あし原町.新川破堤箇所に直面する民家の破損状況.2000/10/04.
低平地の浸水のほか,地下空間への浸水も発生し,特に地下鉄の被害が目立った.例えば,名古屋市天白区野並の,名古屋市交通局(地下鉄)野並駅構内では,コンコース,ホーム階とも30cm以上浸水するなどした(写真-4).これらの被害により,名古屋市内の地下鉄が全面的に運転再開したのは13日午後になった.
写真-4 地下鉄桜通線野並駅の浸水痕跡.約30cm.2000/09/13.
追加図-1 市町村別被害状況
自治省消防庁の9月20日現在のまとめによれば,本災害による全国の被害は,表-1のようになっており,特に愛知県での被害が目立っていることがわかる.今回の被害のうち,人的被害と住家の全壊・半壊については,最近30年間で見て特筆されるほど大きなものにはならなかったが,住家の浸水が多かったことが特徴的である.資料集計機関が異なるので直接比較はできないが,気象庁の「気象災害の統計」によると,1都道府県で50,000棟以上の浸水被害を生じたのは,1982年9月8日〜14日にかけて,台風18号及び前線の活動による豪雨災害時において,埼玉県で記録された60,100棟の記録以来である.
表-1 9月10日からの大雨等による被害状況
自治省消防庁資料 9月20日現在
追加表-1 愛知県の1971年以降の主要豪雨災害(気象庁資料を元に作成)
名古屋市周辺の浸水被害以外の目立った被害としては,矢作川上流域山間部の,岐阜県恵那郡上矢作町,愛知県北設楽郡稲武町,長野県下伊那根羽村,同平谷村などでの河川災害,土砂災害が挙げられる(写真-5,6,7,8).上矢作町では,矢作川支流上村川などの氾濫により,道路の流失や崩壊が発生し,一時町内10地区のうち7地区までが孤立状態となり,ヘリコプターによる救出が行われるなどした.また,稲武町では12日早朝から夕方にかけて,国道や電話線がすべて切断され,一時町全体が孤立状態となった.平谷村は人口わずか600人余りの村であるが,その中心集落内を流れる矢作川支流平谷川が氾濫し,中心集落と村役場が水没するなどした.
このほか,JR東海道新幹線が11日午後から12日午後にかけてほぼ24時間運休し,5万人以上の乗客が車内で一夜を明かした.この運休時間は,新幹線開業以来最長のものとなり,運輸省鉄道局からJR東海に対して改善の検討が指示されるなど,豪雨災害時の列車運行体制に関しての大きな課題を残した.
写真-5 岐阜県上矢作町本郷.矢作川の浸食による家屋の損壊.2000/09/16.
写真-6 岐阜県上矢作町久武瀬.斜面崩壊.2000/09/16.
写真-7 岐阜県上矢作町飯田洞.土石流と思われる.2000/09/16.
写真-8 長野県平谷村役場付近の被災後解体された家屋跡.2000/10/09.
追加図-2 9月15日現在の主要道路沿いに見られた土砂流出箇所
2.降水量の特徴
気象庁AMeDAS観測所,愛知県所管雨量観測所,および一部の建設省雨量観測所の観測値をもとにして,9月11〜12日の2日間の総降水量を分布図にすると,図-2のようになる.本図に示される範囲内では,名古屋市周辺のほか,三重県南部,愛知県西部の3カ所に,いずれも総降水量500mm以上を観測した多雨域が生じていたことが確認される.三重県南部,愛知県東部山間部は,平均的に降水量の多い地域であり,これら地域に比べ平均的には降水量の少ない名古屋市周辺に多雨域が生じたことが今回の大きな特徴である.
最多雨域の代表例として,名古屋(千種区日和町,名古屋地方気象台)と,槍ケ入(上矢作町字上村,建設省雨量観測所)の降水量の推移を見ると,図-2のようになる.名古屋では11日18時〜21時頃に1時間降水量50mm以上が連続する最初のピークがあり,その後やや雨足が弱まった後,11日23時頃から12日04時頃にかけて,1時間降水量30〜40mmが連続する2度目のピークを迎えるが,08時頃までにはほぼ降雨が終了している.槍ケ入では,名古屋より降雨の集中時間がやや短く,11日22時頃から12日06時頃までの間,1時間降水量30mm以上の状態が継続している.
名古屋周辺の気象庁所管観測所における,今回の記録と,過去80年間の記録を,最も長期記録の得やすい日降水量を元に整理すると表-2のようになる.名古屋の日降水量についてみると,今回の記録は過去80年間の記録の中でも群を抜いて大きな記録であると言ってよさそうである.2日間降水量についての統計は十分整理されていないが,名古屋の1951年以降の2日間降水量を集計するとその最大値は322mmであり,今回の記録には全く及ばない.ただし,表に見るように,名古屋周辺の各観測所では,日降水量350mm前後の記録は珍しくない.日降水量のみの検討では,日界をはさんで降った豪雨が見逃されるなどの問題もあり,名古屋市周辺の東海地方,特に矢作川上流などの山間部において,今回の豪雨記録が過去100年間で全く経験しなかったような激しいものであるかどうかは,まだ議論の余地がある.
ちなみに,名古屋地方気象台の年最大日降水量データ(1901〜1999)を用いて,一般化極値分布にあてはめて確率雨量を計算すると,1/100確率で229mm,1/500確率で334mmとなり,今回は,名古屋の既往資料を元にした計画雨量を大きく上回る降雨が発生したことになる.
1時間降水量は,名古屋で最大93mm(11日19時),東海で114mm(同)などとなっている.過去のデータについては資料が十分ではないが,名古屋の既往最大値が92.0mm(1891年〜),岐阜99.6mm(1903〜),津118.0mm(1916〜)などである.1時間降水量に関しては,過去100年間で最大級の事例の一つとは言えるが,既往記録を大きく上回った事例とは言えない.
図-2 2000年9月11〜12日の総降水量分布
図-3 最多雨域の降水量の推移
←:名古屋地方気象台,→:建設省槍ケ入観測所(上矢作町)
表-2 気象庁所管観測所の日降水量既往記録と今回記録
追加表−2 今回豪雨時の主要観測所における降水量記録
追加表-3 東海地方の気象官署の降水量最大値記録
追加図-3 名古屋の半旬降水量平年値と今年の観測値
4.Internetにおける状況
1998年の栃木・福島豪雨災害頃以降,災害時にInternetを活用した情報発信,情報交換が活発に行われるようになってきた.今回の災害に関してみると,もはやInternetを災害時に活用することが「当たり前」という局面に入ったと感じさせられる.災害時のInternet活用は,現地在住の個人や,ボランティア団体によるものが従来先行していたが,今回は行政機関による情報発信も充実しつつあり,愛知県,岐阜県,建設省出先機関などで本災害に関するページが開設された(図-4).これらのページはいずれも災害後数日以内に開設されていたが,機関によってその開設速度,内容の充実度などは差があった.行政機関ホームページに,本災害の情報が十分掲載されていないことを指摘する新聞記事(9/14朝日新聞)などもあり,ホームページ利用が当たり前になりつつある状況の一端が垣間見えた.
図-4 本災害に関する岐阜県のホームページ
謝辞
本稿の作成に当たっては,名古屋市緑政土木局,愛知県建設部河川課,建設省中部建設局,同豊橋工事事務所,同庄内川工事事務所から多大なご協力をいただいた.この場を借りて,お礼を申し上げたい.
静岡大学防災総合センター 教授 牛山 素行
E-mail:->Here