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2008年7月28日の停滞前線による豪雨災害に関するメモ

2008/7/29作成開始,9/22加筆.

災害概要

2008年7月28日,活発な停滞前線の活動により,北陸,近畿地方を中心に各地で豪雨が発生した.この豪雨により,石川県,富山県などを中心に,床上浸水536棟,床下浸水2464棟などの被害が出た(9/9現在,消防庁第7報).また,神戸市灘区の都賀川では,急激な水位上昇により河道内の親水空間にいた児童らが流され,5名が死亡した.

オリジナル資料

降水量

今回の豪雨では,1時間降水量の最大値(統計期間20年以上)を更新したアメダス観測所が全国で7カ所あったが,24時間,48時間,72時間の更新観測所は1カ所もなく,短時間の降水量が大きかったことが特徴である.解析雨量ではより大きな値が出ているようだが,アメダス観測値の最大1時間降水量は京都府の長岡京で76.5mmで,それほど大きな値にはなっていない.また,比較的大きな値を記録した観測所も,70mm台2カ所,60mm台3カ所,50mm台6カ所など,それほど多くない.各地での降水継続時間も短く,おおむね3時間程度だった.範囲が非常に狭く,かつ継続時間の短い豪雨が各地で発生したといった状況である.

現地調査写真

特記事項

人的被害の特徴

今回の災害では,神戸市灘区水道筋1丁目の都賀川で,急激な水位上昇により親水公園にいた児童ら3名が流されうち2名が死亡した.都賀川の都賀野橋付近では,保育園帰りの29歳女性と5歳の園児が,また,JR東海道線橋梁付近では32歳の男性が流されて死亡している.
都賀川では,10分間に1.3mの水位上昇が観測されていたとのことで,急激な水位上昇により逃げ切れなかったことが直接的な原因のようである.
親水公園は基本的に河道内にある.このような,河道内に滞在していた者が,増水によって流されて死亡するといった実例は,かなり少ない.筆者が整理している,2004年以降の豪雨災害による245名の犠牲者に関するデータによると,2004年8月の台風16号災害時に,兵庫県姫路市の市川で,河川敷内に駐車中だった車内で溺死したと思われる35歳男性の例くらいしか見あたらない.ただし,他に,河川敷内で日常生活を送っていたと思われる犠牲者が合わせて3名見られる.今回のように,河道内でレジャー中の死亡というケースは1例も見あたらなかった.
今回のような遭難形態は比較的珍しいが,全く存在しないわけではない.比較的規模の大きな事例としては,1999年8月14~15日の豪雨により,神奈川県山北町玄倉川で13名が流されて死亡,津久井町の道志川で2名が死亡または不明,という事例がある.また,2000年8月6日,群馬県水上町の湯桧曽川で,沢沿いに歩いていた5名程度が流され,1名が死亡したというケースもある.

2000/8/6の谷川岳における"鉄砲水"による災害について
http://disaster-i.net/disaster/20000806/

ただ,これらはいずれも山間部のできごとであり,都市の中での遭難という例は少ないように思われる.

親水公園の防災対策

いうまでもないが,親水公園は河道内にある.河道内とは「堤外地」であり,基本的には防災対策の対象外のエリアである.したがって,大前提としては,親水公園は,遊園地などの一般的な意味での「公園」とは少し異なり,少なくとも居住エリアに比べれば,災害リスクの高い場所であるということを,我々利用者は心に留めておく必要があろう.今回の痛ましい犠牲者の存在は,我々にそのことをあらためて警告してくれたように感じられる.
しかし,だからといって,親水公園は危険な場所だから近づかないようにする,というのも少し話が違うように思われる.一つの方策としては,「親水公園は川の中である」,「川の中であるから,時には危険なこともある」という情報を,看板などいろいろな形で提示するというやり方が考えられる.情報提示といっても,単に危険であることを告げるだけではなく,普段の様子と出水時の様子を写真で並べて掲示するなど,「自然についての学習」といった色彩を持たせることが効果的ではなかろうか.
何らかの警報システムの導入,という声も出てきそうである.水位が上昇していることを警告するだけが目的であれば,通常の水位計より簡易な機材が利用できるので,可能性はある.しかし,対象となる場所の多さや,日常的なメンテナンスを考えると,あまり現実的とは思えない.
利用者側の手間をいとわない,という前提であれば,「川の防災情報」(携帯版)に代表されるwebや携帯電話で公開されている河川水位情報やレーダー雨量情報を利用するという方法もある.筆者の調査では,河川の水位が詳細に公開されていることは,ほとんど周知されていない.

牛山素行・吉田亜里紗・國分和香那,2008:豪雨防災情報に対するインターネット利用者の認識,水工学論文集(CD-ROM),No.52,pp.445-450.
http://disaster-i.net/notes/20080305_0075.pdf

川で遊んでいて,少し雲行きが怪しくなったら河川情報を見る,というのは,必ずしも現実的な光景とは思えないが,一つの理想的な方向としてはあり得るのではなかろうか.

過去にあった酷似事例

 今回の災害現場となった都賀川は,地形的に急峻な流域を背後に持っていること,流域の都市化が非常に進んでいることなどから,豪雨の際に流出率が高く流出速度も速いという特徴(災害に対しては素因)を持っていた.また,都市部で河岸が親水公園としてよく整備され,人が集まりやすいところであったという,社会的素因も存在した.ここに,短時間の豪雨という誘因が加わって今回の災害となったものと言える.ただし,このような素因を持つ河川はけっして珍しいものではなく,都賀川が特異な条件を持っていたことによって発生した災害であるとの見方は妥当でない.
 今回の現場が「特別に危険な場所」であったとは考えていないが,過去の事例を調べていたところ,あまりにも酷似した事例があったことに少々驚いた.1998年7月27日付朝日新聞記事に,以下のような記述が見られる.
 二十六日午後二時ごろ、神戸市灘区岸地通一丁目の都賀川の河川敷と中州で、二組の家族連れが増水した流れに立ち往生しているのに近くの灘区民ホールの窪田武館長(六五)が気付き、一一九通報した。灘消防署員らが駆けつけ、中州まで川を横切るようにはしごを渡し、一組の家族連れを河川敷にいた家族連れと合流させ、道路につながる階段まで誘導して救助した。 調べによると、神戸市に住む会社員ら二組の家族計八人で、別々に河川敷でピクニックをしていたが、雨が降り始めたため、川の水面より高くなっている新都賀川橋の橋脚付近で雨宿りをしていた。いずれも乳児を連れており、水かさが増した川の流れに身動きがとれなくなったという。<中略>川の水深は普段、約三十センチだが、この日は降雨のため約六十センチになっていた。
 この事例は,場所も,状況もほとんどそっくりで,日付や発生時刻まで近い.異なっているのは,外力の大きさだけである.1998/7/26の13時~15時の2時間降水量は,神戸海洋気象台(神戸市中央区):2.5mm,AMeDAS六甲山:6mm,AMeDAS芦屋:0mmなど,長峰山(国交省所管・都賀川流域内):8mm,永峰(同):5mmなどとなっており,豪雨の範囲がよりせまく,規模も小さかったように思われる.
 このような事実を見ると何ともやりきれない気持ちになる.過去に起こった災害について,われわれはより積極的に学んで行くことの重要性を,重ねて指摘していくしかない. (2008/8/4加筆)

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静岡大学防災総合センター 教授  牛山 素行
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