牛山素行 北澤秋司
以下では図表を省略しています。
1.はじめに
ここ数年のInternetの急速な普及の中で、その中心的な存在の一つはホームページ(Would Wide Web、略してWWWなどとも言う)であった。ホームページは、Internetに接続されたコンピューター上に比較的簡単な記述内容のファイルを置く事により、文章ばかりでなく、写真、図表、音声等、多様な表現形態を用いた情報を、世界中の不特定多数に対して発信できるものである。現在、教育機関、企業、各種団体、個人等により、無数のホームページが開設されており、ホームページは、放送、出版などと並ぶ有力な情報媒体になっているといっても過言ではない。今後、各分野においてその活用方法に関するノウハウを蓄積していく必要がある。
ホームページに代表される、コンピューターネットワークを利用した情報伝達手法が、放送・出版などの従来型情報媒体に比べて優れている点としては、@情報発信に要するコストが極めて低い事、A迅速な情報発信が可能である事、B地理的に離れた場所にいる複数の人々により共同で情報発信を行う事が容易がである事、C情報発信者と受信者の区別が明確でなく、双方向の情報交換が容易である事などが挙げられる。筆者は、これらの利点を生かし、豪雨災害研究への活用可能性を探ってきた(牛山・北澤、1995)。コンピューターネットワークの災害関連研究への活用に関しては、地震災害時の報道情報収集に関する尾池ら(1991)の研究や、関東地方に広域的に発生した霧に関する情報収集にInternetを活用した研究(山本・菊池、1998)などがあるほか、阪神・淡路大震災時などに多くのホームページが開設されて活用された事などが報じられてはいるが、その利用実態についての詳しい検討は十分為されているとは言えない。
1997年7月10日未明、鹿児島県出水市針原川において土石流災害が発生した。災害の特徴に関しては、岩松(1997)、牛山ら(1997)に詳しいが、積算降水量500mm以上の豪雨により、21名の犠牲者を出す大きな災害であった。筆者はこの災害に際し、主として研究者の情報交換を目的としてホームページを開設し、その利用状況を記録する事ができた。本報告では、この記録をもとに、同ホームページの利用状況に関して報告し、今後の活用方法に関しての提言を行う。
なお、利用状況に関しての検討は、最新のデータが得られた1998年6月末現在までのデータに基づいている。
2.調査結果
2.1 ホームページ開設・維持過程
針原川における土石流災害が発生したのは、1997年7月10日の午前1時頃であったとされている。テレビ等では、10日朝のニュースから盛んに報道されていたが、Internet上でのWeb開設等の動きはまだなかった。Internet上の砂防関係者によるメーリングリストであるSBWS-Net(特定のメールアドレス宛にメールを送信すると複数の登録者全員に同じ内容のメールが自動的に送信されるシステム。田中、1996)に、同災害に関する最初の発言が投稿されたのは、10日午後10時30分頃であった。たまたま大学でこの発言を参照した筆者は、同災害に関する情報交換の場を作る必要性を感じ、災害発生から24時間後の7月11日午前1時頃、信州大学農学部の有志によって維持されているサーバーコンピューター「kadomatsu」を利用し、同災害に関するホームページを開設した。ホームページのInternet上の所在地を示すURL(Uniform Resource Locator)は、http://kadomatsu.shinshu-u.ac.jp/~chisan/970710/である。開設後、ただちに、ホームページ開設の報告を、SBWS-Netのほか、防災研究者によるメーリングリストであるdisaster-MLに対して発信した。なお、同ホームページの開設に関する筆者自身による外部への発表は、この時のみである。ホームページの内容は、当初は関係報道のInternet上の所在地(URL)に関する情報や、現地周辺の気象観測所所在地に関する情報などのみであったが、開設後は、各メーリングリストで報告された各種機関の活動に関する情報(表−1)を加えたり、他に開設された関連ホームページの紹介(「リンクを張る」と言う)を行うなどした。ホームページに掲載する情報は、現地付近のAMeDASのデータなど筆者自身が作成したもののほか、筆者が各種のホームページを参照して得たもの、メーリングリストで流されて来た情報を発信者の了解を得て転載したものなどから構成された。また、ホームページ開設の情報を得た学会の担当者、ホームページ製作者などから、学会の動きや新規に作成した関連ホームページに関して直接連絡を受け、その情報を転載したケース(砂防学会等)もあった。これは、ホームページという情報交換・蓄積の「場」が用意された事により、関連情報が集まってきた例と言える。
最終的なホームページ内容は、図−1に示す通りである。また、ホームページ作成・更新過程の主な事項を整理すると、表−2のようになる。
2.2 ホームページ利用状況
2.2.1 ホームページ参照者数の推移
ホームページを置いているサーバーコンピューター上には、そのホームページを参照したコンピューターに関する記録がファイルとして自動的に残される。記録ファイルの例を図−2に示す。記録ファイルは、ホームページ内のファイルが1つ参照されると、1行の記録が残るようになっている。例えば、図−2の1行目は、針原川土石流ホームページの表紙(図−1に示したもの、ファイル名index.html)が、Internetに接続されているuklima2.geog.metro-u.ac.jpという名前のコンピューターから、1998年1月2日11時58分に参照されたという事を意味している。記録されるのは参照したコンピューターの名前だけであるから、metro-u.ac.jpという名前から、東京都立大学のコンピューターである事はわかるが、参照した個人を特定したりする事はできない。
ホームページの参照者は、通常そのホームページの表紙(このホームページの場合index.htmlというファイル)を最初に参照する。従って、index.htmlの参照状況を調べれば、そのホームページ全体の参照傾向をおおむね知る事ができる。まず、index.htmlの日別参照回数を集計した(図−3)。なお、以下の集計では、すべて筆者自身による参照は集計対象から除外している。開設当日の7月11日が最も参照者数が多く、78回となっている。その後、12、13日の参照数が少なくなっているが、両日が土、日である事から、大学・会社からの参照がしにくかったためではないかと思われる。14日になってまた参照回数が増え、その後、23日までの2週間ほどは、ほぼ毎日20回以上の参照がある。なお、19日から21日まで、参照がまったく記録されていないが、これはホームページを置いているサーバーコンピューターが停止してしまい、参照ができなくなってしまったための結果である。7月下旬以降は参照回数が少なくなるが、9月中旬を中心に再度参照の増える時期があった。10月中旬以降は参照者が減り、一日数回程度となるが、その後、最近に至るまで1日に1回も参照されない日はほとんど見られない。1998年6月末までの累積参照回数は2104回に達している。ホームページに掲載された情報のほとんどは7月22日までに作成されたものであり、その後は8月中旬〜下旬に関連シンポジウムの案内が新規に掲載された程度である。従って、開設直後を除けば、ホームページの情報充実と、参照者数の推移の間には必ずしも関連性は見出せない。
ホームページでは、このような記録ファイルを元に、表紙の参照回数を参照「者」数として表示している事もあるが、仮に特定のコンピューター(あるいは特定個人)から繰り返し参照が為されていたような場合、参照回数を参照者数というのは適切でない。そこで、次に、参照したコンピューター名毎の参照数を集計した。その結果、参照回数が最も多かったコンピューター名でも57回であり、10回以上繰り返し参照したコンピューター名も15個に過ぎなかった。参照したコンピューター名は、総計1142個であった。参照するコンピューター側の設定や、Internetへの接続方法によっては、繰り返し同じファイルを参照する場合には、サーバーコンピューターへの記録がうまく為されない場合もあり、仮に同じ人が複数のコンピューターから参照した場合も記録上は分離できない。また、Internet上には自動的にホームページを巡回して情報を収集し、検索用のリストを作成するサーチエンジンなどと呼ばれるシステムがあり、これらのシステムによる参照は人間による参照とはやや性質が異なるが、コンピューター名だけでは参照してきたコンピューターがこの種のものであるかどうかを判断する事は困難である。従って、完全に正確な結果とは言えないが、本ホームページは、少なくとも数百人規模の人が参照したものと考えてよいであろう。
2.2.2 ファイル内容別参照状況
ホームページ内のファイルを、内容別に分類し(表−3)、それぞれの参照回数を集計した。まず、参照回数の一段落する1997年9月末時点までのデータを元にみると(図−4)、参照回数が最も多かったのは、「基礎資料」(出水周辺のAMeDASの所在地情報、平均降水量など)であった。最も少なかったのは、「研究会告知」(シンポジウムの案内等)であったが、これは掲出時期がかなり後である事も影響していると思われる。「記事要約」(報道内容の要約等)は、ファイル数の割には参照が少なく、「報告」(筆者による当日の豪雨の特徴に関する小解析)は、1ファイルあたりの参照者としては最も多かった。「基礎資料」「報告」に含まれるファイルは、本ホームページ以外では参照できない情報であり、オリジナルに近い情報に関心が集まった事が伺える。
同様な分類により、1997年7月から1998年6月までの参照数を、内容別の1ファイルあたりに換算して月別の推移を見ると図−5のようになる。なお、「記事要約」のファイルは7月一杯しか掲載しなかった為、この集計からは省いてある。これによると、各ファイルとも、開設直後の7月以外は各ファイルとも1月あたり20回前後の参照数で推移しており、時間が経過しても減少する傾向は見られなかった。ホームページの開設は、災害発生直後のアクティブな情報交換の場として役立つだけでなく、災害から時間が経過した後も、情報の保管場所として機能しているのではないかと考えられる。
3.今後の展望
今回開設したホームページは、メーリングリスト上での告知という、研究者、砂防関係者を主体とした比較的限られた告知方法のみであったにもかかわらず、災害発生後約1年間で、数百人規模の参照があり、1998年6月末現在も参照者は途切れることなく継続している。例えば、砂防学会の会員数が約3000人と言われている事などを考えると、これは少なからぬ数である。今回のホームページの開設、運営は、ほぼ筆者一人が、他の業務の合間に行ったものであり、大学のサーバーを利用したため、経費もほとんどかかっていない。多数の人を対象に情報交換・発信が可能であるにもかかわらず、出版物や会合などと比較すると、軽労力、低経費で開設・運営可能であり、ホームページは、災害時に不特定多数を対象とした研究情報交換手段として有用かつ効率的であると言っていいだろう。ファイルの内容別に参照者数がかなり異なっていた事を考えると、ホームページが有用な情報媒体であるとしても、安易な内容では十分機能しないと言えよう。そのホームページにしかないオリジナルな情報を掲示する事によって、より多くの人が参照し、その結果、今回開設したホームページにおいても一部見られたように、より多くの情報がホームページ運営者の下に集まり、情報交換が活発化する結果につながるものと思われる。
今回、災害時の情報交換手段としてホームページが有益である事が示唆された事から、今後も大きな災害の発生時には、迅速にホームページを開設する事が有益かと思われる。ホームページを開設するための体制は、現在多くの機関に備わっているが、実際に開設、運営できる技術を持った人はけっして多くない。ホームページは他のメディアに比べれば維持管理が容易であるとは言え、少なからぬ労力は必要である。従って、開設・運営の技術を持った人がいても、災害のような突発的な事態に対応してホームページを開設する余裕がない場合も考えられる。ホームページ管理者をサポートする体制を日頃から準備しておくと共に、技術を持った人材をより多く養成することが必要であろう。今回、ホームページ開設直後にサーバーコンピューターが停止し、ホームページ参照ができなくなるアクシデントがあったが、基本的にボランティアの力によって維持されている研究機関のサーバーの場合、このようなリスクは避けられない。より安全なサーバー、例えば有料の商用サーバーの使用権(1ヶ月数百円のものからある)を、学会等があらかじめ確保しておき、災害時にはそれを使えるように準備しておくことなども検討していいのではなかろうか。
今後、筆者自身も今回と同様な試みを重ね、災害時のInternet活用に関するノウハウを蓄積していきたいと考えているが、より多くの人がこのような試みに加わる事を期待している。
謝辞
本報告作成にあたり、信州大学大学院農学研究科大学院生(当時)の門脇太郎氏ならびに東京都立大学情報処理施設の大槻剛氏からは、ホームページ参照記録ファイルの利用方法に関して貴重なアドバイスをいただいた。この場を借りて厚くお礼を申し上げたい。
参考文献
岩松暉(1997):1997年7月鹿児島県出水市針原川土石流災害、自然災害科学、Vol.16、No.2、pp107-112
尾池和夫・松村一男・石川有三・岡田弘・平井邦彦(1991):自然災害資料の収集のためのパソコン通信網の活用、自然災害科学、Vol.10、No.3、pp209-214
田中隆文(1996):コンピューターネットを用いた砂防学関係の情報取得と情報提供、砂防学会誌(新砂防)、Vol.49、No.6、pp51-52
牛山素行・北澤秋司(1995): パソコン通信による双方向災害情報利用に関する提言 −台風9313号を事例として−、自然災害科学、Vol.14、No.2、pp147-159
牛山素行・北澤秋司・三上岳彦(1997): 1997年鹿児島県出水市針原川土石流時の豪雨の特徴、砂防学会誌(新砂防)、Vol.50、No.4、pp25-29
山本哲・菊池時夫(1998):インターネットによる霧情報収集の試み、天気、Vol.45、No.5、pp361-367