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作者紹介- 研究業績-学術論文・著書- - 姫川流域の土砂災害
中部森林研究、No.45、p205〜208,1997

姫川流域の土砂災害

−1996年6月24〜26日豪雨の降雨特性について−

牛山素行(慶応大)・北澤秋司(信大農)*

 

The heavy rains fell in the north area of Nagano prefecture during June 24 to 26. We examined this case especially in Otari village. This area was damaged by heavy rains in last year. Total precipitation were about 200 mm in Otari. It was half scale compared with the case of last year. The total precipitation, 200mm, was the second largest period in from 1956 to 1996. But the difference was not so clear as compared with third one or under. From the point of view, the precipitation distribution in the east area of Otari village was smaller than that of west area.
キーワード:土砂災害,豪雨,小谷村

T はじめに
1996年6月24〜26日,長野県北安曇郡小谷村をはじめとする長野県北部地域に豪雨が発生した。同地域では約1年前の1995年7月11〜12日に大規模な被害をもたらした豪雨が発生しており(1),その災害復旧もまだ十分ではない中での豪雨であったが,今回の豪雨では幸い人的被害はなく,他の被害も総降水量の割には軽微なものであった。本報告では,今回の豪雨時の降雨について,昨年の豪雨との対比や,既往の同地域の豪雨事例と比較し,その特徴について報告する。

U 利用資料  1995年,1996年の豪雨時の降水量資料については,気象庁,建設省松本砂防工事事務所,長野県大町建設事務所,長野県姫川砂防事務所,小谷村役場所管の観測資料を利用した。既往の豪雨事例に関しては,気象資料は「長野県気象月報」(2),「長野県気象年報」(3)の各号を,災害記録については「長野県の災害と気象」(4)の各号を参考にした。災害発生状況に関する全県の概況は新聞報道を,小谷村での状況に関しては,長野県姫川砂防事務所ならびに小谷村役場での聞き取り調査をもとにした。

V 結果  1.降雨状況 今回の豪雨は,梅雨前線の活動によるものであり,中部地方では6月24日正午前後からほぼ全域で雨となり,翌々日の26日未明頃まで降り続いた。気象庁の小谷地域雨量観測所(以下,AMeDAS小谷)の観測値によると,24日15時頃より降雨が始まり,同日22時頃からは時間降水量10mm前後の比較的強い雨となり,25日10時頃まで12時間ほど続いた。その後,やや弱まりつつも降雨は継続し,26日8時頃まで降り続いた(図−2)。AMeDAS小谷におけるこの間の総降水量は193mmであり,1995年の豪雨時の389mmの約半分程度であった。時間降水量の推移を,1995年の豪雨時(図−3)と比較すると,1995年豪雨時には

図−1.1996年6月24〜25日の地上天気図

「気象」1996年8月号より

 

図−2.1996年豪雨時の時間降水量推移

    AMeDAS小谷.図−3も同じ.

 

図−3.1995年豪雨時の時間降水量推移

時間降水量10mm以上の強い雨が3回ほどのピークをもって観測され,強弱の振幅も大きいのに対して,1996年の豪雨では,極端に大きなピークは現れていないものの,1時間10mm前後の雨が半日以上にわたって降り続けていたことが特徴的である。

 2.災害発生状況 今回の豪雨による長野県全体の被害状況を表−1に示す。なお,これは速報値であり,現在まだ確定値は発表されていないため,特に金額面などで差異が生じる可能性がある。災害規模の大小を評価することは難しいが,例えば,公共土木施設関係被害額に注目すると,気象災害で被害額10億円規模というのは,長野県においてはほぼ毎年1回以上は記録されている規模であると言える。人的被害や家屋被害が皆無であり,床下浸水がわずか3棟であったことも考え合わせると,被害の大きさからいえば,今回の災害は長野県においては特筆するほどの規模ではなかったと言える。
 小谷村での被害はまだ確定していないが,1996年9月時点では,床下浸水1棟,公共土木施設関係の被害が,長野県姫川砂防事務所関係および小谷村役場関係で十数箇所程度とのことである。これらの被害をもたらしたのは小規模な斜面崩壊が中心であり,土石流の発生は見られなかったようである。

 3.降雨分布 1996年6月24〜26日の小谷村周辺各観測所の総降水量を分布図にすると図−4のようになる。観測所数があまり多くないので断定的なことは言えないが,西から東に向かって,次第に降水量が少なくなっている傾向が見られる。これらの観測所中で,1995年豪雨時のデータもそろっている観測所として,姫川支流中谷川流域周辺に位置する小谷温泉(長野県大町建設事務所所管),小谷(気象庁,AMeDAS),小谷村役場(小谷村役場所管)の3観測所について,1995年豪雨と1996年豪雨の総降水量を比較してみると,図−5のようになる。これによると,1995年豪雨時には,流域の上流側(姫川の東側)で降水量が多かったのに対して,1996年豪雨時には逆の分布を示しているのが特徴的である。小谷村の集落は,段丘面上や山腹斜面に立地しているケースが目立つが,中谷川流域は,沢沿いにいくつかの集落が点在し,土石流や斜面崩壊による災害の潜在的危険性が高い地域と思われる。同流域の上流部での降水量が比較的少なかったことは,今回の災害による被害が少なかったことの一因とも考えられる。

表−1.1996年6月24〜26日の豪雨による被害

    長野県全体 6月27日付信濃毎日新聞記事より

 

 被害種  被害状況

床下浸水 3棟

農業関係被害 28ヶ所 1億300万円

林業関係被害 20ヶ所 7920万円

公共土木施設関係被害 52ヶ所 9億2880万円

 

図−4.1996年6月24〜26日の総降水量分布

 4.先行降水量の状況 AMeDAS小谷の日降水量をもとに,豪雨前の約1ヶ月間の降水状況を見ると,図−6のようになる。同様にして1995年の豪雨時についても調べてみると図−7のようになる。1995年の場合は,豪雨発生以前の1ヶ月間に数十mm規模の降水が数回あり,豪雨発生までの積算降水量は300mm近くに達しており,ことに豪雨直前の約1週間だけで200mm近い降水量が記録されていた。一方,1996年の場合は,豪雨前1ヶ月の積算降水量は100mm程度であった。
 5.既往の豪雨との対比 小谷村付近で過去に発生した豪雨時例を知る目安として,AMeDAS小谷の過去40年分の日降水量年極値の推移を図−8に示す。なお,小谷村内の気象庁所管観測所として,小谷地域雨量観測所が現在位置の中土小学校付近に移設されたのは1983年10月13日のことであり,それ以前は3kmほど離れた中部電力姫川第2発電所付近に南小谷地域雨量観測所(名称は何度か変更されている)が設置されていた(図−9)。したがって,この両観測所の観測値を同列に扱うことは問題があるが,他に継続的な観測を行っている観測所の値が得られなかったことから,本報告では便宜的に両観測所の観測値を合わせて用いることとした。この結果によると,1995年豪雨時である1995年7月11日の254mmは群を抜いて大きな値であるが,1996年6月25日の150mmも過去40年間ではこれに次いで2番目に大きな値である。日界による影響を防ぐため,年極値の記録されている日の前後に連続する2日間の降水量をみても,同様に1995年7月11〜12日の389mmが最大であり,1996年6月24〜25日の185mmがこれに次ぐ。同程度の記録としては,以下1979年7月1〜2日の181mm,1965年9月16〜17日の174mm,1975年7月11〜12日の172mmなどがあり,これらの事例ではいずれも,浸水戸数数棟,公共土木施設関係被害十数箇所程度であり,今回の事例と同様な被害が記録されている。これらを考え合わせると,今回の豪雨は,小谷村付近においては,およそ10年に1回程度は記録される規模の豪雨であったと位置づけることができる。

 

図−5.1995年豪雨と1996年豪雨の総降水量比較

 

 

図−6.1996年豪雨前1ヶ月の日降水量

AMeDAS小谷     

 

 

 

図−7.1995年豪雨前1ヶ月の日降水量

AMeDAS小谷     

 

 

 

図−8.小谷村付近における日降水量年極値の推移

気象庁南小谷観測所(1983年10月12日まで)および小谷観測所(1983年10月13日より)の記録

 

 

 

図−9 気象庁南小谷観測所と小谷観測所の位置関係

   (昭和57年修正1:50000地形図「白馬岳」より)



W まとめ
 1996年6月24〜26日にかけ発生した豪雨は,長野県北安曇郡小谷村付近では総降水量200mm前後を記録したが,その被害は比較的軽微なものにとどまった。前年1995年7月に発生した豪雨と比較すると,総降水量はおおむね半分程度であり,降り方は,明瞭なピークがなく時間降水量10mm前後の雨が約12時間ほど降り続けるものであった。降水量分布で見ると,姫川の東側の中谷川流域で1995年の豪雨時と比べて,より少ない傾向が見られた。中谷川流域は土砂災害に対する潜在的危険性の高い地域であり,この地域の降水量が比較的少なかったことは,被害を軽微なものにした一因かと思われる。気象庁所管観測所観測値を元に既往の日降水量,2日降水量の年極値を見ると,今回の豪雨事例は,過去40年間では1995年7月の事例に次いで2番目に大きな値を示しているが,3番目以下の数事例との差は顕著ではなく,被害の規模も同程度であった。今回の事例は,従来およそ10年に1回程度は記録されていた規模の事例と同程度であったと位置づけられる。

【謝辞】今回の報告にあたっては,建設省松本砂防工事事務所調査課,長野県姫川砂防事務所,長野県大町建設事務所管理計画課,小谷村役場より貴重な資料のご提供をいただいた。この場を借りて,厚くお礼を申し上げる。

 引用文献
(1)長野県土木部(1995)梅雨前線豪雨の記録.長野県.
(2)日本気象協会長野支部(日本気象協会長野センター),長野県気象月報,1955年1月号〜1996年7月号.
(3)日本気象協会長野支部(日本気象協会長野センター),長野県気象年報,1971年号〜1995年号
(4)長野県生活環境部消防防災課,長野県の災害と気象,各号.

静岡大学防災総合センター 教授  牛山 素行
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